2008-05-01から1ヶ月間の記事一覧
ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」は春の楽章で終わるみたいだ。それは春で終わったほうがなんとわなしに大団円を迎えたように見えるからだろうか?そう思うのは僕がまだまだ若いからだろうか?年を取ると春の意味が変わってくるような気がする。多くの…
廊下のどん詰まりにあるソファー。ちょうど計ったような、廊下の幅とソファーの幅。ぴったりと、ちょっとした隙間も無くはまっている。そこに座る彼は、天井を見上げていた。時折髪をいじったりしながら。○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○ガソリンの「値上げ」のせいで…
「あの〜・・・」 「あ、いらっしゃいませ。」 「花束をひとつ、お願いしたいんですけど。」 「ご贈答用ですか?それとも・・・」 「え〜っと、友人の誕生祝なんです。」 「そうですか。どのようにいたしましょう?ご予算や、ご友人の好みなどございましたらお伺いしたいので…
みな僕のことを心配してくれている人は、明暗の違いはあっても“死(もしくは自殺)”についてその考えの多くを割いている。 それが大問題であるのには大賛成であり、僕にとっても“死”はそれこそ文字通り死活問題である。だけれどもそこに至るものは憂鬱であって…
彼女はカウンターにあごを乗せてカクテルグラスの中、マティーニに浸っている串刺しのオリーブをぼんやり見ている。 彼女は、もしかしたらこのオリーブの実は男性の象徴なのかしら?そうだとしたら、串刺しにされているのも、それを齧るのも、エロティックを…
16歳は恋をする。可愛らしい少女と、無垢な少年。二人のふれあいは指先だけ。若さのもつ輝かしさ。一瞬のまぶしさ。青々とした木々の葉の隙間から見る陽光に似て。 少女の目を通してみる彼はどれほど魅力的なのだろうか? 少年の目を通してみた彼女はどれほ…
え〜っと、ちょっとスイマセン。あのマニキュアがね、ちょっと乾いてないんですね。その引き出しの一番上、いや、右側じゃなくて左側の、そうそうそっちのほうに印鑑が。その黒いケースの中にあるんですけど、それ押しちゃってください。はい、はい。もう、…
貪りたい者には貪らせておけばよい。貪りたくない者には貪らせなければよい。 貪りとは必要以上に摂取することである。とするならば以上に膨れ上がる音楽ファイルの容量は貪っているとしか言いようがない。経験以上の何かを手に入れるのに必要なのは量ではな…
クーポンやなんだかんだと元ある値段が恒常的に下げられている。本当の価値とはなんだったのか?ということは価格の設定の形骸化を示しており、価値の決定に関する保留や投げ出しが蔓延している状況であり、結局みんながぽかーんとしてしまっているのだろう。…
マンション世代の恐怖というのは存在するだろうか?生家が一軒家ではなくマンションであった私は、それを如実に感じている。24歳である今ですら。疎外と連帯の狭間が家族というミニマルで、プリミティブで、ドグマティックなコミュニティーに存在するという…
巨大なショッピングモールのど真ん中で、ベンチに座りソフトクリームを食べる少年の目の焦点は宙空の一点である。そのぼんやりとした表情には特にこれといった感情を読み取ることはできない。おとなしそうにしている。隣の大人は父親だろうか(後にこの大人が…
彼の人生において自己疎外がどれほどの意味を持っていたのかは、彼自身がそれを明確に認識するにいたらなかったとしても、彼の作品からは如実にそういった色が読み取れるのである。ある物事を一度、とことんまで疑いぬきながら、最終的に本能によってそこに…
なんとなく彼らに対し開けっぴろげになれないのは、なぜだろうか?決して彼らが好人物でないと言うわけではない。僕はやはり友達を作るのが下手らしい。あんなにすばらしい人物に囲まれながら誰とも共感しないと言うのは、やはり僕自身が下賎な人間だからな…
ラスタファリズムが生み出した音楽がコズミック、スペイシーな感じなのは、それが(内、外両方の)宇宙を捉えようとする宗教だからであり、仏教発の音楽はどこへ行き着くのだろうか、と考えていると、キリスト教発はクラシックとロックに行き着いた、といって…
ハードであると同時にソフトである。ハードであるかソフトであるかの差異。それは先行者がモノなのか、タマシイなのかという違いでしかないのだろう。前者であればハードらしくなり、後者であればソフトらしくなる。またハード、ソフト、どちらかとしての生…
野のウサギはそれを罠と知らずに捕われわれの食卓に上がる。犬はよく調教され、罠に打ち合わせ通り、体よく獲物を追い込む。 社会によく適合し、幸せを手にする人々のことを十把一絡げにして機械の中の一歯車である。そこには個性も自由も何もない、不毛だ。…