Lesson#220;病人のベッドは意外に小さい。

え〜っと、ちょっとスイマセン。あのマニキュアがね、ちょっと乾いてないんですね。その引き出しの一番上、いや、右側じゃなくて左側の、そうそうそっちのほうに印鑑が。その黒いケースの中にあるんですけど、それ押しちゃってください。はい、はい。もう、ホント、スイマセン。そこに、はい。置いといてくれれば、えぇ、ありがとうございます。お疲れ様ですぅ。
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彼女は花を食べて生きている。と、噂されていた。まことしやかに。セレブレティにゴシップはつきものとはいえ、これは些かグロテスク、現実離れしすぎたものである。
確かに、花屋が毎日毎日、大量の比較的高級な部類の生花を彼女のマンションに配達していたのは事実である。
そして彼女が食事をしていた風景を見た者も少数であり限られている。
数少ない彼女の食に関する資料(多くは必要不可欠であった食事会―つまり重役連、スポンサーなどとの、である―の同席者、もしくは彼女らに料理をサーブした給仕、調理を担当したシェフからの証言であり、当日のレシピである)からは彼女が完璧なベジタリアンであったことは明確であり、それがパブリックイメージとして多くの一般の人々に共有されてもいた。
ハードコアなベジタリアンであること、さらには食事の席で指定される材料も上記の花を食していた云々の噂の呼び水として申し分ないものであったと言える。根菜よりは葉物を好み、栄養に富む種子の類(言わずもがな花の最終形態ともいえる)も必ず取り入れるように指示されていた(当時の料理人に配られたメモには赤字でその旨書き込まれている)。またほとんどその消化に体の負荷がかからない、というもっともらしい―その当時はそれが、医者も認める事実であった―理由から果実を大量に食していた。
また飲み物に関しては彼女はアルコールは摂取しなかった。そして食事中に供される飲み物は何種類もの花(乾燥した/生の花弁のみであったり、花そのものが入っているものもあった)の入ったハーブティーのようなものであったという。ここでまた料理人、というかティーブレンダーへの指示書を取り上げる。としたい所なのだが、このお茶に関して詳細な資料は今をもって得られていない。同席者の記憶では非常に甘いにおいのものが多く供されていたようであるが、詳細はわからない。
この特殊な食生活に彼女の美貌の秘密があるとするならば、彼女の神秘性がよりいっそう深まるというものである。
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へぇ〜、これ全部兄ちゃんに送んの?ジャガイモ、ニンジン、たまねぎ。ああなるほど、カレー、肉じゃが、シチューを作れば飽きないんだね、同じもの大量に送っても。あっ、豚汁も出来るか、コンニャクとか入れれば。
でもあの人、自分でちゃんと作って食ってんのかな?人にやってばかりじゃないの?