Lesson#207;箱型の凧。

 彼女は知らなかったのである。もし知っていたとすれば、あの行為は無意識のなせる業であり、無意識と言うものがあまりにも残酷な代物であるとしか言いようがない。
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あの子が急に物陰から現れ、彼女の腿あたりにその肩をどんとぶつけて尻餅をつく格好でへたり込んだ。彼女は人並みに優しさを持って『大丈夫?』としゃがみ目線が同じ高さになるようにし声をかけたが、その子はぼうと空を見つめるばかりで何の反応も示さなかった。泣きそうな様子もない。彼女の顔をねめつけ、自身に危害を加えた対象に対し叱責するような様子もない。
 そのときは少し変だなと思ったが、見えうる限り彼の身体にはなんともない様子である。彼女は最初の問いかけが聞こえなかったのだろうか、と思いながら『立てる?』とさらに声をかけてみたが、まだ呆然としたまま何の返事もない。
 辺りを見回すがこの子の親らしき人は見当たらない。
 う〜む、少し困った。彼女はこのあと人と会う約束があった。“このあと”などと言ってはいるが実は遅れているのだ、待ち合わせの時間に。もうすぐそこまで、待ち合わせのファミリーレストランまで二・三分の所まで来ているのだからそう焦りはしないがかと言っていつまでもこの子にかまっているわけにもいかない。さてどうしたものか。
 その待ち合わせの人とは彼女の恋人である。急に“話がある”と呼び出された。別れ話でも切り出されるのだろうか?何と無くそんな空気が二人の間に漂いだしていたから、彼女とて今年で27である、恋愛の酸いも甘いも何度か経験済みであるからして、まぁ仕方なかろう、ここは後腐れなくきっぱりと行こうさね。と、出身地の方言ととも、考えは固まっている。
 そっちは良いとして、この子である。倒れこんでからゆうに20〜30秒は過ぎたろうか。しかし何も、アクションがない。とりあえずいつまでもこんな道のど真ん中に座らせておくわけには行かぬ。彼女はその子の両脇にざっと手を差し込んで、よいしょと立ち上がらせた。お尻のあたりをぱっぱとはたく。こんなアスファルトの上ではたいした汚れなどつかぬので、いたって形式的なものであるその行為が、その子の正気を取り戻すことにならぬだろうか、と思っての行為であった。
 ここに来てもその子は宙の一点を忘我の面持ちで見つめているばかりだった。何か見えるのだろうか、と彼女は立ち上がり視点が彼女の腹あたりになったその子の顔の横に自分の顔を持って行った。
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 結局、ドリンクバーでの飲み物なんて、みんな甘ったるくて、そんなに何杯も何杯も飲める代物ではないんだ、と気づいたときにもう口の中が気持ち悪くなっていた。コーヒーは飲みすぎると胃の調子が変になってくるし、お茶の類なんかは味気ない。結局最後にまたメロンソーダを飲んでて、なんだか早死にしそうなのだと思うのでした。