Lesson#203;ずわい蟹姫の爽々しい悪口(あくたい)。

さぁ、賽は投げられた。馬上の彼女(女性であることに驚いてはいけない。彼女の家系は過去勇敢な戦士を多く輩出してきた。先の戦役にて活躍した北部戦線砲兵隊長ホル・ラデゥエス、王室直轄遊撃部隊のリーム・アリーンはそれぞれ彼女の大叔父、父の従兄弟にあたる。しかしこれは彼女には秘められた事実―本人もうすうす感じていたが―ではあるが、彼女の父に男色傾向があり、実子は彼女一人であった(結婚初夜における、多くの親戚縁者に注視されていた、半ば義務化されたたった一回の行為によって彼女は生まれた。彼女の両親は以降、床を異にしている)。故に彼女の中に流れる血以上に父の反動ゆえ男勝りの女戦士に育ったのである。その働きはすさまじく上記両氏に勝るとも劣らない。カイリス共和国の侵略を、国境における一局地戦として終焉せしめたのは、彼女の作戦が戦場で効果的であった以上に、遠くカイリス首都カインにおける議会の場で更に効果的であったことによる。そこまで彼女が意識していたかは定かではないが)は政治家同士のご都合主義で与えられるすぐに腐ってしまう日持ちのしない平和なんかではなく、自らにおいては叶わなかった恋人との安寧(今現在、彼女の恋人は戦死したことになっているが実際は、正規軍へ寝返っていた。この事実を彼女はこれから、しかも戦場で知ることになる。彼女が得る勝利が多くの歴史家が示す通り、多くの幸運―政治的時勢といった戦争のバックグラウンド、戦場での気象、敵将のミス、等々―に恵まれていたとしても、その対価としてはあまりにも神は彼女に対し非情である)と言った身近な、人々の手の届く距離にある幸福をその手で勝ち取り、この国の民にもたらすために戦いへとその身を投じようとしている。