Lesson#138;今日初潮を迎えた女子達に捧げる祈り。

 ここに来て(と言うのは21世紀最初のディケイドも後半に突入し、その最初の年が終わりを迎えようとして、と言う意味なのですが)、“いまさら”なことを声高に叫ばなければいけない世界なのは、どうも悲しいですね。“いまさら”戦争(もしくは革命)前夜の隣国について議論し、“いまさら”いじめなんて良くない!と啓蒙せねばならず、“いまさら”政治家の悪事を挙げ連ね…と大変なのです、繰り返すことに。さらにここでの“繰り返し”は、『歴史を繰り返す』などと高尚なことを言いたいのでは無く、単に思いつきで書き始めたらあんまりたくさんなかったなぁ、でも言った手前いくつか例を“繰り返し”挙げなければなぁ、カッコつかないし、と無い頭を捻り倒している僕が大変なのでした(笑)。
 え〜、“繰り返し”繋がりですが今日は“気まずい空気”と言うのを繰り返してしまいました。それは友人カップルが二人で居る所に遭遇し、その後5〜10分ほど、たまたま方向が一緒なので、と言った風な理由で連れ立って歩く(←これ一度目の遭遇。偶然と言うよりか“薄々感づいていた”感の強い『遭遇』であります)、もしくはつり革をつかむ(←こちら二度目の遭遇。これはまったくの偶然でありまして、つい一歩退いてしまいました・笑)と言う事態に二時間ほどの間に立て続けに至ったからであります。あ〜、こういうときにこちらも恋人連れならどんなに気が楽か、と思うと彼女が欲しくなってきますねぇ〜。
 某掲示板では、『祈りながら飲むシャンペンは…』などといいながら昨日は肉を、しかも生肉を貪りながらスパークリングワインを飲んでおりました。と言っても“スパークリングワイン”の名の示すとおり、シャンペンではなくスペイン産のそれは辛口で、クリスマスの祈りなどと言うのもにはフィットしなかったんですね。
 最近、サークルの後輩リナちゃん(かわいらしい女の子です。イブにシャンパンを飲むお供でもしてもらおうかと思ったのですが、こんなむさいジジィと飲むお酒などいくら物が良くても全然美味しくないので、これはうら若きお嬢さんにも、お酒にも失礼でありますゆえ、やめておきましょう)の話し振りを聞いて激しい違和感なんかを感じたりしていたのですが、これはやはり僕が“頑張る”事に関して俄然興味がない、無視したい、直視できない、という気質だからでしょう。小学生のときの恩師にも“もっと粘り強く!”と書かれました、別れ際に貰った色紙に。
 彼女の話し振りが、もうそれはそれはいっぱいいっぱいで鬼気迫る感が充満しており、のんべんだらりんと毎日を過ごすグータラ大学生の僕なんかを『ウッ!ウッ!』と一歩も二歩も後ずさりさせてしまうような感じで、『あ〜、この娘頑張ってんなぁ。』としみじみと感じ入る訳なんですけど、この“頑張ってる”感と言うのが僕にとっては強烈なアレルゲンのような作用し“ヤヴァイヤヴァイ、鼻がムズムズする。ヘェ…ヘェ〜…ヘックショイ!チキショー!(くしゃみの後に『チキショー!』と条件反射的に叫んでしまう。という中年感・笑)”と言った感覚をもたらすのでした。
 と『頑張る!!』の蔓延する今をどう生き抜くか?次回に続く!チャンネルはそのまま!(っていう振りがまさにテレビっ子、前インターネット世代です・笑)。


 ここに来て(と言うのは21世紀最初のディケイドも後半に突入し、その最初の年が終わりを迎えようとして、と言う意味なのですが)、“いまさら”なことを声高に叫ばなければいけない世界なのは、どうも悲しいですね。“いまさら”戦争(もしくは革命)前夜の隣国について議論し、“いまさら”いじめなんて良くない!と啓蒙せねばならず、“いまさら”政治家の悪事を挙げ連ね…と大変なのです、繰り返すことに。さらにここでの“繰り返し”は、『歴史を繰り返す』などと高尚なことを言いたいのでは無く、単に思いつきで書き始めたらあんまりたくさんなかったなぁ、でも言った手前いくつか例を“繰り返し”挙げなければなぁ、カッコつかないし、と無い頭を捻り倒している僕が大変なのでした(笑)。
 え〜、“繰り返し”繋がりですが今日は“気まずい空気”と言うのを繰り返してしまいました。それは友人カップルが二人で居る所に遭遇し、その後5〜10分ほど、たまたま方向が一緒なので、と言った風な理由で連れ立って歩く(←これ一度目の遭遇。偶然と言うよりか“薄々感づいていた”感の強い『遭遇』であります)、もしくはつり革をつかむ(←こちら二度目の遭遇。これはまったくの偶然でありまして、つい一歩退いてしまいました・笑)と言う事態に二時間ほどの間に立て続けに至ったからであります。あ〜、こういうときにこちらも恋人連れならどんなに気が楽か、と思うと彼女が欲しくなってきますねぇ〜。
 某掲示板では、『祈りながら飲むシャンペンは…』などといいながら昨日は肉を、しかも生肉を貪りながらスパークリングワインを飲んでおりました。と言っても“スパークリングワイン”の名の示すとおり、シャンペンではなくスペイン産のそれは辛口で、クリスマスの祈りなどと言うのもにはフィットしなかったんですね。
 最近、サークルの後輩リナちゃん(かわいらしい女の子です。イブにシャンパンを飲むお供でもしてもらおうかと思ったのですが、こんなむさいジジィと飲むお酒などいくら物が良くても全然美味しくないので、これはうら若きお嬢さんにも、お酒にも失礼でありますゆえ、やめておきましょう)の話し振りを聞いて激しい違和感なんかを感じたりしていたのですが、これはやはり僕が“頑張る”事に関して俄然興味がない、無視したい、直視できない、という気質だからでしょう。小学生のときの恩師にも“もっと粘り強く!”と書かれました、別れ際に貰った色紙に。
 彼女の話し振りが、もうそれはそれはいっぱいいっぱいで鬼気迫る感が充満しており、のんべんだらりんと毎日を過ごすグータラ大学生の僕なんかを『ウッ!ウッ!』と一歩も二歩も後ずさりさせてしまうような感じで、『あ〜、この娘頑張ってんなぁ。』としみじみと感じ入る訳なんですけど、この“頑張ってる”感と言うのが僕にとっては強烈なアレルゲンのような作用し“ヤヴァイヤヴァイ、鼻がムズムズする。ヘェ…ヘェ〜…ヘックショイ!チキショー!(くしゃみの後に『チキショー!』と条件反射的に叫んでしまう。という中年感・笑)”と言った感覚をもたらすのでした。
 と『頑張る!!』の蔓延する今をどう生き抜くか?次回に続く!チャンネルはそのまま!(っていう振りがまさにテレビっ子、前インターネット世代です・笑)。