Lesson#108;ウィーンでのカフェマリアテレジア(ぬるめの鉱水添え)

井川遥さんの年齢が僕より九つも上だという事実。それを僕が知りえたとしても、BGMがスタン・ゲッツ/ジルベルトのイパネマの娘やらビーチ・ボーイズだとしても、その顔に成型と言う人為がいくら介入していたとしても、去りゆく夏を惜しむ女性像、としては少々ズレを感じます。ありがとう井川さん。あなたのおかげで、僕のリビドーは擬似恋愛へと消化されました。

と、何を書いているのかまったく持ってわかりませんが、僕の文章なんてある種の美が宿っていない、さらに資料的価値も乏しい(3割がた嘘ですからね・笑。天才の若き頃の日記、が精神分析手法によってしか読み解かれない、と言う感じで・笑)でどうしようもないコンセプトですが、面白い話を一つ。

マネキンに恋をし、盗もうとした人、と言うのが本当にいたらしいのです。

この国の人達は赤狩り著しい、もしくは9・11直後の亜米利加のように、近隣に潜む恐怖に苛まれています。と言ってもその恐怖は実際的なものではないのですが。コミュニストとアラブ系の人々、を恐れるように、善人面した普通の人々が一番危険だ、と言う風に怯えているのですね。まだまだ小倉での発砲事件の方が和やかなムードを持っています。

ハードコアなオタクやヤクザの方々の方が安全で中途半端に抑圧された人々の方がいきおい猟奇的な犯罪に手を染めてしまう。

マネキンに恋する、と言う倒錯も隠さなければ何とも無いこと(盗んだりせず、買えばいいのです)で、二次元への愛、異常な暴力(こっちは限られた世界での“了解”ですけど)、それぞれたいした問題ではありません。恋愛対象として幼児を選び殺害することなどに比べれば。

と言うわけで、僕は一応正当と思われる恋愛対象にメールでもしてみましょうか。