Lesson#27;凍てつく空気の中で頬が凍傷になるまで。

『やっぱり御櫃の中に、花を置くときが一番きつかったわね。』
『うん。僕なんか、すごく気持ちが悪くなっちゃっいましたよ。』
『それは、悲しすぎて?』
『そうですね。やっぱりどんな感情でも振り切れちゃうと色んなものが訳解んなくなっちゃうんだ、と。』
『私もお通夜のときとかは、何考えて良いんだかわかんなかったわ、私。完璧な思考の停止ね。「そんなやる気無い顔してんなよ」って麻生さんにも言われちゃったし。』
『あの人とも話すの久しぶりだったよね。』
『私達、去年の成人式は帰省しなかったじゃない。本当にみんな久しぶりだったね。』
『誰かが死んで、みんなが揃う、なんて事がこんなに早く来るなんてね。大体そんなのって70・80の話だろ、って思ってたわけ。すごい皮肉だ、って言うか不条理な気がする。それが運命的な必然だとしても。』
『安易に運命論なんて口にして、悲しみを希釈するのはやめなさいよ。彼と私達は先輩・後輩って関係ではあるんだけど、実際彼とは一つしか年が離れて無いから、どっちが先に死ぬか?なんて大したことじゃないとは思うのよ。だから、先に逝く事自体には何も言わない、言えないと思うの。』
『まぁ、それは確かに。』
『でもそれって、私達が60、70なら、って話でしょ。実際にはまだまだ二十歳そこらな訳じゃない。私が幾つまで生きるかわかんないけど、今逝っちゃうなんてね。』
『でも実感わかないですよね。「嘘臭ぇなぁ〜」とか「わけわかんねぇよ」とかってあの人は言ってましたよ。あの人なりにこの現実を受けての感想だったんだと思うんですけどね。』
『泣いたりして、感情を表現したりするタイプじゃないしね、彼。』
『その反動というか補償というか、で僕は泣きすぎですけど。』
『そんなこと無いわよ。人の死に際して、涙を流すのはフツーよ。幾ら流しても流し足りない、ってくらいだもの、私は。』
『まだしんみりとした空気が抜け切れないんだけど、実際的なことを色々と考えちゃうよね。自分の死に関しても。弔辞って誰が読むんだろうか?とか。別に死それ自体に比べれば大したことないけど。』
『結局私達が考えてる死の期限って親の死以降、位だもんね。今は。他にやり残してる感が濃い物って大して無いのよ。』
『そうは言っても、他人の早すぎる死に関しては“まだまだこれからだろう”とか思ったりするんだけどさ。』
『それはあるのよ。だけど自分に関しては無頓着、と言うか明確に希望とか展望を描くのが難しいって言う、現代の若者の奇病みたいな流行病みたいなものに私も軽く罹ってるって事なんでしょうね。』
『そんなのを意識するのも今回の彼の死、があったからなんだよね。そうやって死が検診であるかのように捉えていると言う事実は、逝ってしまった彼にも、ご両親にも、みんなにも悪いから大声では言えないんだけどね。』
『でもどこかで有用性を見出さなきゃ、浮かばれないって気もしないでは無いのよ。』
『だから、ああいった本当の死に直面した人間の感情を、編集無しに生々しく伝える文章、って言うのがアップされて、それがある種の報道として機能することを狙ったんだろうけどね、あの人は。』
『使命感的なものを感じちゃったんだろうね、責任感とか強いから、彼。上手い具合に世間に蔓延っている作られた感の強い死生観を修正することが出来る、感情っていうもので理論を補強するって言う本当は大間違いであるはずの構造を持って。私らなんかには到底怖くて用いない方法でね。』
『もうそろそろ、行こうか。』
『そうね。みんないなくなっちゃったし。』
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